盗作も絵なり

国画会会員の洋画家、和田義彦氏(66)の絵が
イタリアの画家、アルベルト・スギ氏(77)の作品30余点と
構図といい色彩といい、あまりによく似ているものだから
「盗作だ」と騒いでいる。

文化庁は和田氏に主張を文書としてまとめるよう要請し、
スギ氏にも同様の要請をした。
その上で専門家に盗作疑惑について検討を依頼するとか。

明らかになった作品を見て、
よくもまあぬけぬけと芸術選奨まで頂いたものだと、
その厚顔ぶりにこぞってアホ・バカと非難しているが、
それではマスコミの餌食になりさがりっぱなしではないのか。

摸写も模倣も絵である。
他人の絵から描き起した名画と呼ばれる絵は数々あるが、
機械でコピーしたのでなく、人の手で描いたのであれば、
その描き手しか出来ない、世に一枚しかない絵だ。

ただ社会はそっくりさんを受け入れても、
そっくりな絵は認めないだろうから、
せめて構図なりとも独自のものを創って、

ゴッホのような、ミロのような、
ピカソのような絵を描く人はごまんと居るのだから、
堂々と「スギばり」の絵を描けばよかった。
それくらいのテクニックはあるだろう。

目をこすって見てほしい、
リアリズムも具象絵画も自然の盗作ではないのか。
模倣が絵画なら盗作もまた絵画である。

いったい人の生き様、書くもの、描くもの、演じるものに
どれだけのオリジナリティーがあるというのだろう。
多かれ少なかれ物事は人まね物まねから始まり、
好きな人の真似をしながら個人の資質と努力が
混然となって進行して行く。
模倣からオリジナルに移行する境界線はない。

2002年安田火災東郷青児美術館大賞を受賞。
2005年度芸術選奨も受賞 しお上のお墨付きを得てきたのだから、
大騒ぎすることはない。和田氏の絵はこれからの時間が評価してくれる。

訴えないでほしいなどと姑息な手を弄することなく、
堂々と(裁判で)己の絵画論を主調すべきだろう。

現在、圧倒的人気の巴里の壁を描く画家は、
今でも盗作よばわりされているという事実をどう感じるか。

流れは限りなくは剥奪、追放に傾いている。
周りに人が居なくなり、一度は無一文になるのも、
人を感動させる絵を描く上でのいい肥やしになるだろう。










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この記事へのコメント

2006年06月04日 08:13
>目をこすって見てほしい、
>リアリズムも具象絵画も自然の盗作ではないのか。
>模倣が絵画なら盗作もまた絵画である。

↑この言葉、自然の前に立つ謙虚さと
描いた作品を自分の分身と胸張る誇りと・・
mokkuさんならではの言葉ですね。
じ~~~~んと来ました。

いい訳する表情が、微笑みながらも
どこか別の世界にいるような不自然さ。
スギ氏の方が友人であった人の行為を
わが事のように恥じ入る苦悶を感じました。

素人目には
「まねっこ」としか、見えません。
タッチがどうの、色彩がどうの、構図が・・
細かな点よりも、まず目に飛び込むままに
人は観るものですもの。
mokku
2006年06月04日 22:11
body&soulIV さん、
言葉足らずでしたが、意を汲んでいただいてありがとう。まだ世の判決が下ったわけではありませんが、スギ氏が敗者復活戦に挑戦する機会は残されています。
2006年06月07日 10:01
TBをありがとうございます。
 どうやら裁判にはならずに落着してしまいそうですね。
 町人としては裁判官が盗作にどんな定義をもうけ、どんな判断を下すのか、みてみたかった。ちょっと残念なおわりかたです。(^^;)
mokku
2006年06月08日 17:09
素町人@思案橋さん。
おっしゃる通りでプッツリ尻切れトンボです。裁判官もやりたくない事例でホッとしたとか(笑)

ただ、どちらも一躍有名になって、値段はうなぎのぼりなんて事になるのでしょうか。^^!

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