名をこそ惜しめ

戦後60年の節目に、さまざまな映像や出版物がひしめいているが、辺見じゅんの「男たちの大和」の映画化が話題になっている中、映画よりまず活字が読みたくて、津本陽の新著”硫黄島戦”をじっくり読ませてもらった。画像
 
マリアナ諸島のサイパンが陥落し、本土攻撃の重要な中継基地としての硫黄島は、ちっぽけな岩だらけの島。ベトナムのジャングルとは大違い。

「鬱蒼とした樹木などは、どこにも見あたらなかった。見える範囲は、でこぼこした褐色の間に、暗紫色の斑点が、痣のようにみえる小高い岩の丘である。左側には、赤茶けた火山が、不気味な岩肌をさらして聳えている」隠れる所は自らが掘った壕しかないのだ。
そんな過酷な条件の中で、約三千倍という圧倒的な火力を擁する米軍と、
制空権を無失い、救援物資も援護もほとんどない日本軍が、
どんな戦いをして死んでいったかを丁寧に記している。

「朝、昼、晩、握り飯一個とカボチャ、ジャガ芋だけであります。
水は塩からい硫黄のにおいが鼻をつくもので、
それを一日に水筒一杯だけを飲用として配給されます。」
壕と陣地の構築作業中でさえこんな状態。
米軍上陸後は、摂氏60度を越す地下壕にこもって熱気と屍体、
排泄物の臭気が充満した中で水不足に堪えての戦闘だった。

反戦とか、無謀な戦いとかいうことを別にして、
活字をひとつひとつを追っていく作業で苦悩の追体験をする。

投降を知らぬ兵は、銃弾の嵐の中に身をさらし、
キャタビラの下に身を投じ、地下壕に生き埋めになって玉砕した。
しかしわずかな兵は投降を選び生きながらえた事も書かれている。

所属部隊と人名がやたら詳しく出てくるのがわずらわしいが、
これこそ「名をこそ惜しめ」なのだろう。

日本軍戦死者19900人
米軍戦死者 6821人
戦傷者21865人
硫黄島には、
今も12000体を越える旧日本軍将兵の遺体が埋まったままだという。

「名をこそ惜しめ」硫黄島魂の記録 津本 陽









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